EPISODE 2
イノシシ、イワタケ、カエル…!? 秘境・椎葉の女将の食卓へ!
食材は山、川、畑へ“採りに行く”
登山客や釣り人の胃袋を満たしてきた宿



まず私たちが訪ねたのは『龍神館』。村の中心部から山手へ車で20分ほど走った先にある民宿だ。宿の主の椎葉喜久子さんは、村で評判の料理上手。はにかむような笑顔がチャーミングな女将さんである。


喜久子さんは宮崎県宮崎市出身。1974年に椎葉村で林業を営む椎葉英生さんのもとに嫁ぎ、1995年に夫婦で民宿を開いた。
宿は、英生さんが自ら山から切り出した杉材を使って建て、テーブルやイスも“持ち山”の木で作ったこだわりのログハウス。アットホームな接客や喜久子さんの手料理の味が評判を呼び、登山客や釣り人たちの常宿として賑わってきた。10年ほど前に英生さんが亡くなってからは、喜久子さんが宿を切り盛りしている。

編集部「喜久子さん、これまで宿泊客にはどんな食事を出してきたんですか?」
喜久子「民宿を始める前は焼畑をしてそばや小豆も栽培していたし、民宿を始めてからも畑で野菜を育て、川では主人がエノハ(※ヤマメのこと)やワカサギを釣っていました。」


喜久子「だから山、川、畑に採りに行った食材で作った料理をお客さんに出していました。主人が亡くなってからは自給が叶わなくなったけど、定番の料理といえば昔も今も『イノシシそば』と『わくど汁』じゃろうか。」
編集部「わ…わくど…?」
熱々の汁の中でカエルが泳ぐ!?
五臓六腑に染み渡る冬のご馳走
喜久子「熱いよ~気をつけてね~」
食卓にどんっと置いた鉄鍋の中には、さまざまな野菜とグレーがかった楕円の団子、そして何かの肉。

喜久子「これが『わくど汁』。そば粉を3倍量の水でしっかり練って、沸騰しただし汁にスプーンで少量ずつ落として作るとよ。」
喜久子「だし汁は、まずシシ肉(※イノシシ肉のこと)に塩を振って鍋でカラカラになるまで空炒りして、水を加えて3時間くらい炊く。シシ肉はももや肩、ばらなど、焼いて食べてもおいしいところがおすすめです。」


喜久子「シシ肉からダシが出たら、野菜を入れてさらに炊くんです。野菜はだいこん、にんじん、ごぼう、しいたけ。豆腐や白菜を入れることもあるね。お澄ましにすることもあるけど、今日は味噌仕立て。具材たっぷりの冬のご馳走じゃね。」
喜久子さんによると、『わくど汁』という不思議な料理名の由来は、沸騰した湯の中で踊るそばだんごが、“わくど”の泳ぐ姿に似ているからだという。“わくど”は椎葉村でカエルを指す。


まずは“わくど”をひと口。やわらかくモチッとして歯切れが良い。たっぷりと入った根菜の食感も楽しく、汁は溶け出したそば粉でとろみが付き、イノシシの脂と渾然一体(こんぜんいったい)となっている。ずずっとすすると、とろんとした汁が食道を流れ落ち、五臓六腑に染み渡っていく…。
なるほど、これは確かに冬のご馳走だ。
イノシシも重要食材の一つかも?
真っ黒な無味無臭のふしぎ食材も
ハフハフと『わくど汁』をすすっていると、喜久子さんが次の料理を用意してくれた。

喜久子「これは『イノシシそば』。シシ肉からだしを取るところまでは『わくど汁』と同じ。ただし、こっちは澄んだ汁にしたいから、アクはこまめに取ります。」
喜久子「しいたけとごぼうを加えて火が通ったら、砂糖とみりん、しょうゆで味付けしています。」
喜久子さんが打ったそばをコーティングするようにイノシシの脂がつやっと光るだしは、ちょっと甘めでコクのある味わい。あとを引く強い旨みも特徴だ。

喜久子さんは、「シシ肉でないとこの味は出せない」と断言する。う~ん、椎葉村の食を調べる上で、イノシシ肉もキーワードになりそうだ。
深い山の中で暮らす人々による
知恵の結晶のような食材
喜久子さんはさらに皿を差し出す。

喜久子「これがイワタケ。手のひらサイズに育つまで50年かかるし、標高800メートル以上の断崖の岩壁に張り付くように生えているから採るのも命がけ。地元でもなかなか食べられない幻の食材です。」

これはえも言われぬおいしさの珍味に違いない、と酢の物に調理されたイワタケをいただいてみると…。
編集部「おや……?」
喜久子「キクラゲに似ているけどこれはコケ。味がしないでしょう。とっても珍しいけどさほどおいしくもないとよ。(笑)ここは山の中。昔は食べるものがなかったから、あらゆるものを食糧にしていたんでしょうね。」

ふと、以前、村の物産館「平家本陣」で食べた混ぜご飯『クサギナ飯』を思い出した。クサギナは、薬草のような強い臭いを放つ植物だが、何度も水にさらして臭みを取って食用にするらしい。イワタケもクサギナも、深い山の中で暮らす人々の知恵の結晶のような食材なのだ。


喜久子さん、リアルな椎葉村の食事を教えてくださってありがとうございます。ごちそうさまでした。
次は喜久子さんの紹介で、伝説の養蜂家を訪ねることに。龍神館から渓流沿いに、さらに山深くへ入っていくのだった。

