EPISODE 3
昔から愛される壱州豆腐は、“うしお”が味の決め手だった!
にがりではなく海水を使う
壱岐だからこそだせる豆腐の味
壱岐にいると、いつでも海をそばに感じる。海面のきらめきや潮のにおい、波音。島の暮らしは、物理的にも心情的にも海との距離が近い。
壱岐の食卓に欠かせない「壱州豆腐(いしゅうどうふ)」は、海と近い関係にある島での暮らしを象徴する食べ物だ。

壱州豆腐とはその名の通り、壱州(壱岐)の豆腐。パッと見るとふつうの木綿豆腐のようだが、手にすると“ふつう”とはちょっと違うことに気づく。重くて固いのだ。普通の豆腐は一丁あたり大体300g~400gほどだが、壱州豆腐は一丁が約10㎝四方で、重いものは約1kgもあり、油断して片手で持ち上げると手首まで持っていかれそうになる。そして、固い。箸で割るのにちょっと力を入れる必要があるくらいの固さだ。
「壱岐市立一支国(いきこく)博物館」の副館長・河合恭典(かわい きょうすけ)さんによると、壱州豆腐は一般的な豆腐より大豆を2倍も多く使って作られているらしい。それならこのずっしり感も納得である。2倍も多く大豆を使っているということは、たんぱく質や食物繊維、大豆イソフラボンなどの栄養成分も豊富に含まれていると推測できる。

違いは重さと固さだけではない。一般的に豆腐は、温めた豆乳ににがり、あるいはすまし粉を加えて凝固させて作るが、伝統的な壱州豆腐は、にがりではなく海水を使う。海水は“うしお”と呼び、漢字で“潮”と書く。なぜ海水なのかと壱岐の人に尋ねると「まぁ、きれいな海がすぐそこにあったからねえ」との答え。なるほど、わざわざにがりを使うまでもない。島だからこその味なのか。
にがりは海水から塩を作る際にできる副産物で、主成分は塩化マグネシウム。漢字で「苦汁」と書き、苦い味がする。にがりではなく海水を使うということは、にがりに分離される前の塩化ナトリウムもたくさん入るということだから、にがりには含まれないミネラル分や塩分が豆腐の味に影響することは容易に想像できる。

前述の回答者である津元礼子(つもと れいこ)さんは、島の郷土料理の伝承や農産物を使った加工品作りなどを行う「壱岐地区生活研究グループ連絡会」の会長だ。同会では壱州豆腐の手作り体験も主催しているという。それはぜひとも、と私たちも参加することにした。
島人の手引きでいざ体験
壱州豆腐を手作りしてみる
体験会場は「壱岐文化ホール(壱岐の島ホール)」の調理室。だしの香りを辿ってドアを開けると、おそろいの赤いエプロンを身に付けた「壱岐地区生活研究グループ連絡会」の女性たちが笑顔で出迎えてくれた。
同会は島で暮らす50~80代の女性21名で構成されており、平均年齢は75歳。生まれも育ちも壱岐という方が大半というから、島の家庭料理を知り尽くしたベテランが勢揃いといっても過言ではないだろう。

津元「壱州豆腐の材料は大豆と“うしお”です。大豆は壱岐で栽培したフクユタカ、うしおは漁協から分けてもらいました」

昔は海で汲んだうしおをそのまま豆腐作りに使っていたそうだが、時代が変わり、海も世の中も変わり、現在では滅菌消毒されたうしおを使う。
今回は大豆500gにうしおが500ml。これで1丁分の豆腐ができる予定。通常にがりを使う場合は豆乳の量に対し1%量しか入れないので、500mlものうしおを入れるというのはちょっと驚きだ。豆腐の味は、塩辛くならないのだろうか。

一般的な豆腐は煮た大豆から豆乳を絞る「煮絞り(煮取り)法」で作られるが、伝統的な壱州豆腐は沖縄の島豆腐と同じ「生絞り法」で作る。
5ℓの水に浸しておいた生の大豆をザルにあげて、フードプロセッサーで粗く砕く。大豆を浸していたつけ汁は鍋で40~50度に温める。大豆と温めたつけ汁をミキサーに移してドロドロの液体状になるまでしっかりとすり潰す。それをさらしにあげて絞り、おからと豆乳に分ける。
私たちは3名ずつ2チームに分かれ、説明を聞きながら実際に作業を進めていく。



豆乳を鍋で95度になるまで温めたら、うしおを少しずつ、ゆっくりと加える。編集部のメンバーは笑顔で何気なくうしおを流し入れているが、過去に自宅で豆腐を手作りした経験がある私には分かる。ここが豆腐作りの最大の肝である。
うしお(またはにがり)を加えるタイミングや豆乳の温度コントロールの失敗で、凝固しないというのはよくある話なのだ。緊張のあまり、うしおが入ったペットボトルを握る手に力が入り、眉間にシワが寄る。

津元「温度が下がりすぎると凝固しない原因になるので、弱火にして様子を見ます。鍋に白いかたまりが浮いてきて、下に澄んだ液がたまったら安心。あとは型に入れて固めれば完成です」

編集部よりはるかに数の多いベテラン勢に囲まれ、ああだこうだとアドバイスをされながら豆腐作りが楽しく進む。壱岐では昭和30~40年頃までは各家庭で豆腐を手作りしており、連絡会の皆さんは子どもの頃からその様子を見ていたし、手伝いもしていた。
だからそれぞれ火加減や絞り具合に持論があり、事前に説明を受けていた工程が微妙にアレンジされてゆく。壱州豆腐初心者の私たちは流れに身を委ねるしかない。
するとどうだろう、1チームの鍋は一向に白いかたまりが浮いてこない。怪しい雲行きである。なんとか“かたまりのようなもの”を集めて型に流したものの、結果はいかに…?


縄で縛って持ち運べる
手土産の定番だった
結果、1チームは無事成功、もう1チームは凝固しないという、ある意味理想的な体験となった。豆乳が凝固しなかったのは、どうやら豆乳の温度コントロールに失敗したのが原因だったようだ。残念ではあるが、それだけ豆腐作りは奥が深いということだ。


それはさておき、豆腐作りの最中に飛び交っていた連絡会の皆さんの会話を統合するとこうだ。
―昔は大釜で大豆を炊いて石臼ですり潰し、12丁分の大きな木枠に流し固めて壱州豆腐を作っていた。壱岐の子どもの初めての手伝いといえば豆腐作りで、石臼をゴリゴリと回していた。できた豆腐はそのまま食べるだけでなく、切り分けて揚げたり、およごし(島で食べられる白和えに似た料理)にしたり、ひきとおし(地鶏を使った鍋料理)の具にしたりと、何にでも使っていた。
何かしらの形でいつも食卓に上がっていたから、おそらく毎日壱州豆腐を食べていたと思う。日常食だけでなく、正月やお盆、法事など人が集まる場に欠かせない食べ物で、おつまみやおかずとしてお客様に出して、帰りにはお土産として持たせていた。壱州豆腐は固いから、縄で縛っても崩れずに持ち運べる。
昭和30~40年頃の記憶だが、豆腐に使ううしおは岩場に汲みに行って、釜で沸かしてから使っていた。にがりで作る場合に比べると凝固力が弱く歩留まりは悪いが、うしおでしか生まれない旨味がある。今はスーパーや直売所で壱州豆腐が買えるから、自宅で手作りする人は少なくなっている。―


手作りしないと食べられない
ある意味幻の豆腐なのだ
壱岐に来る前に読んだ『聞き書 長崎の食事』にはこう書かれてあった。「壱岐の人たちが大豆料理に最も心をくだくのは法事の料理」「(供養のための)料理は十一品からなっている。このうち、豆腐の入ったものが八品で、入っていないものはごはん、きんぴら、でんがくだけである。」
そして「法事に必要な豆腐は客一人に三丁」とあった。この大きな壱州豆腐を一人で三丁も!? そんなにペロリと食べられるものなのだろうか。

体験で作った壱州豆腐と一緒に、連絡会の皆さんが用意してくれていた豆腐料理を試食させていただく。壱州豆腐はまだほんのりと温かく、表面はしっかりと固いが、中はふかふか、ほくほくとしていて、ふくよかな食感に頬がゆるむ。
うしおの塩分でほんのりと塩味がついているから、醤油をかけなくてもおいしい。また、うしおで固めたので、にがり特有のえぐみが全くなく、大豆の甘みが口いっぱいに広がってゆく。無類の豆腐好きである編集部員の横顔をちらりと見ると、うんうんと幸せそうに頷きながら食べている。

厚揚げは冷ました壱州豆腐を食べやすい大きさに切り、170~180度の油で揚げる。外はカリッ、中はふわっ! しょうが醤油がよく合い、焼酎が恋しくなる味だ。おからは和えものに。絞りたてのおからは豆の香りが濃く、存在感が強い。


壱岐のおもてなし料理である“ひきとおし”は、地鶏の骨肉で取っただしに焼酎や砂糖、醤油を加えた甘めのスープが印象的。ごぼうや白菜、ねぎといった野菜と壱州豆腐、そうめんを具にする。冬の鍋料理の定番でもあるらしい。鶏の脂をまとった壱州豆腐はまた違った表情を見せる。千変万化とはまさにこのことだ。

そして“およごし”。白和えと似ているが、実はちがう。白和えはすり潰した豆腐にごまと醤油で味を付けるが、およごしは味噌味で、いかや魚が入るという。白和えとおよごしはどこで区別するのか…。連絡会の皆さんにお尋ねしたが、壱州豆腐への愛ゆえか、意見がたくさん出て見解が一致しなかった。また機会があれば調べてみたい。

何はともあれ、連絡会の皆さんの言う通り、壱州豆腐は生でも焼いても揚げてもおいしい。文献にあった「一人三丁」はさすがに多いと思うけれど、何らかの形で食卓に上り、毎日食べていたという話も納得だ。
一方で、今となっては“うしお”を使った昔ながらの壱州豆腐は、手作りしなければ食べられない貴重な代物となっていることも分かった。現在、スーパーなどで一般的に販売されている壱州豆腐は、“うしお”ではなく“にがり”を使って作られているものがほとんどだという。伝統的な“うしお”で作ったものが食べたければ自分で作るしかない。
海水で作る豆腐は岩手や沖縄、山口などにもあるらしいが、海が変われば豆腐の味も変わるだろう。壱州豆腐は、時代の流れとともに“幻の食”となってしまった島グルメなのだ。

ところで、EPISODE2で取り上げた“うに”や今回の壱州豆腐は、最高の酒の肴でもある。となれば、壱岐に来たからには「壱岐焼酎」飲んでおかないと…! 麦焼酎発祥の地として名高い壱岐で、その歴史と味に迫る。
(参考文献)
月川雅夫「日本の食生活全集42 聞き書 長崎の食事」1985,社団法人農山漁村文化協会
原田信男「豆腐の文化史」2023,岩波新書
宮里千里「シマ豆腐紀行」2007,ボーダーインク
「地域豆腐大百科 第9巻 豆乳,豆腐,湯葉,乾物,乾燥野菜・果実,ふりかけ」2013, 社団法人農山漁村文化協会

