「九州の味とともに」
守り伝えられてきた九州の郷土料理


さつまいもと
名水から生まれる
ほのかな甘味を持つ
麺料理
六兵衛
一見するとそばのようだが、ツユの中にある麺は、そばのように長くはない…島原に伝わる『六兵衛』は、深江村(現在は南島原市深江町)の六兵衛という人が考案したと言われている郷土料理。六兵衛はかつて島原に飢饉が起きた時、保存食であったさつまいもの粉を美味しく食べられるようにと、この麺料理を考えだしたと伝えられている。
さつまいもを干して乾燥させ挽いた粉に、お湯やつなぎの山芋を入れてよくこねる。それをまるめた生地を、穴の開いた金属がはめこまれた『六兵衛おろし』や『六兵衛突き』と呼ばれる器具にのせ、押し出すことで麺をつくる。
麺はゆでるか蒸すかして火を通した後、ツユと合わせて丼に盛り、ネギやカマボコなどをのせてできあがりだ。
麺とツユをれんげですくい口の中へ。太くて短い麺は、表面はツルリ、中はもっちりとしていてさつまいものほのかな甘味を持つ。麺が甘味をもつため、通常のうどんやそばよりも、ツユをやや濃い味わいにしていることも特徴だ。添えられる柚子こしょうを加えても美味しい。
豊富な湧水で知られる島原。やわらかなツユの味も美味しい水があればこそ。『六兵衛』のやさしい味わいには、先人たちの知恵と自然の恵みが詰まっているのだ。
六兵衛伝説
1792年、島原市に近い眉山(まゆやま)が崩壊し、津波も巻き起こり沿岸一帯には大変な被害が出た。(対岸の熊本にも被害が出たため、『島原大変肥後迷惑』として文献に残っている)。農地も荒れ米も麦も収穫できず飢饉に見舞われ、人々はやせた土地でも育つさつまいもを主食とするようになった。この時、深江村(現在は南島原市深江町)の六兵衛という人が保存食であったさつまいもの粉を美味しく食べるために考案したのが、『六兵衛』の始まりと言われている。 南島原市のイメージキャラクターはユーモラスな『六兵衛どん』。市内数カ所に『六兵衛どん』像が設置されている。 ※画像あり キャプション 南島原市の『六兵衛どん』