EPISODE 1
燻煙が上がる“かつおのまち”を歩く
かつおの密度がすごい!
かつおだらけの枕崎へ
九州には「世界一硬い食べ物」があるらしい。石のように硬く、包丁で切ることはできず、かじると歯が折れるほどだという。その食べ物の名は、「本枯節(ほんかれぶし)」。本枯節とはかつお節の一種で、煮たかつおの身を燻し、カビ付けと天日干しを繰り返したもの。完成まで半年以上かかる。製造工程を経るごとにたんぱく質は凝縮し、脂肪は分解され、水分は14%以下まで落ちていく。こうして「世界一硬い食べ物」になるというのだ。

とはいえ、製造工程も、硬さの理屈も、聞きかじりの知識である。そもそもかつお節とは何なのか改めて考え、調べてみようじゃないかと、私たち編集部のメンバーはかつお節の一大産地である枕崎市へと向かった。
枕崎市は鹿児島県・薩摩半島の南端に位置し、東シナ海に臨む港町だ。車の窓を開けると、朝の爽やかな風に乗ってスモーキーな香りが漂ってくる。これはきっと、かつお節を燻しているにおいだろう。漁港には鯉のぼりならぬ"かつおのぼり”がはためき、道端にはかつおのモニュメントがあり、水飲み場までかつおがモチーフのデザイン。かつおへの愛がすごい。お隣の熊本県では「まちを歩けばくまモンに当たる」と聞くが、枕崎もかつおの密度では負けていないかもしれない。まさに“かつおのまち”と呼ぶにふさわしい。



かつお愛あふれる案内人と
産地の素顔をのぞいてみる
まずは枕崎とかつおの関係を学ぶべく、かつお愛にあふれる専門家に案内を依頼した。枕崎水産加工業協同組合の森暁生(もり あきお)さんだ。森さんは枕崎市が主催する検定「枕崎カツオマイスター」の資格保有者でもある。

森さんは、とにかくかつおに熱い男性で、かつおの話になると大きな身振り手振りで語り始めて止まらない。そんな森さんの解説によると、枕崎におけるかつおの歴史の始まりはこうだ。
- 枕崎でかつお漁業が始まった時期ははっきりしないが、江戸時代初期には「七反帆(しちたんぽ)」と呼ばれる幅約3m、長さ約16mの小さな帆船でかつお漁が行われていたと伝わる。乗組員は25名程度で、沖縄近海までを漁場とし、活きたキビナゴを餌に一本釣りしていた。大正時代になると枕崎で外科医をしていた原耕氏が、私財を投じて大型船を建造。自ら船に乗り込んでパラオやフィリオピン、セレベス(現在のインドネシア・スラウェシ島)と漁場を開拓していったことで、枕崎のかつお漁業が発展していった –
枕崎の漁協のそばや公園には原耕氏の銅像や石碑がいくつもある。いずれも手入れが行き届いており、現在もなお地元の人々からその功績が讃えられていることが分かる。

私たちは森さんの案内で「かつお銀座」を歩く。かつお銀座とは、枕崎の新町やえびす町あたりのことで、戦前の全盛期にはかつお節工場がずらりと並んでいたという。かつお節職人の高齢化や後継者不足で工場の数は減ったそうだが、今でも操業を続ける工場からはもうもうと燻煙が上っているし、かつおを運搬するフォークリフトも忙しそうに動いている。森さんは「枕崎では生産から出荷まで、すべての工程が市内で完結しています」と話す。




枕崎に到着して感じたスモーキーな香りは、いっそう濃くなって一帯に広がっている。香りに誘われて散策していると、かつお節工場のそばには必ず大量の薪が山積みされていることに気付いた。


森「あれは、かつおを燻すのに使う薪です。カシやクヌギ、コナラが主で、いずれも近隣の山から切り出された間伐材です。枕崎には“かつお節作りは山作り”という言葉があり、地域の林業と連携して山の資源を守ることで薪の安定した供給が可能になっています。枕崎がかつお節の産地となった大きな理由は、地域で薪を大量に調達できたことにあるでしょう」

森「そもそもかつお節とは、傷みやすいかつおを保存するために塩蔵したことが始まりといわれています。また、骨や煮汁も調味料などに製品化するため、廃棄する部分はほとんどありません。枕崎ではかつおの頭のことを “ビンタ”と呼び、それを丸ごと煮た郷土料理もありますよ」
かつおの、あの大きな頭を丸ごと…? それはぜひ見てみたいし、食べてみたい!
頭から尾まで味わい尽くす
枕崎のかつお料理の多彩さ
私たちは森さんと別れ、郷土料理を食べられるお店で食事を取ることにした。JR枕崎駅のすぐそばにある「一福(いちふく)」は、かつお料理を得意とする食事処で、刺身や塩焼き、煮物など、様々な調理法でかつおを味わえるという。

代表の井上常大(いのうえ じょうだい)さんは3代目で、「祖父母が1950年代から営んでいた旅館を、両親がかつお料理がメインの和食店に変えました」と話す。ハガツオやスマガツオ、マガツオなど、様々なかつおを扱い、かつお料理だけでも20種類ほどを用意。観光客はもちろん、地元住民の親族の集いや祝いの席などにも利用されている。



井上さんもまた「かつおはビンタもシッポも食べられて、捨てるところがないですよ」と言う。「身は、刺し身はもちろん、たたきや丼も人気です。枕崎のご当地グルメ『枕崎鰹船人(まくらざきかつおふなど)めし』は、かつおの切り身やかつお節をのせた丼に、かつおで取っただし汁をかけて食べる“かつおづくし”の料理です」



井上「胃袋は酒盗に、心臓や白子などの内臓は味噌煮にします。脂が乗った皮付きの腹の身・腹皮(はらがわ)は焼いても天ぷらにしてもうまい!」


井上さんの勧めであれこれ食していると、お腹が破裂しそうになってきた。枕崎のかつお料理のバリエーションの豊かさに圧倒される。
そしていよいよビンタ料理が登場。4~5kgほどのかつおの頭を味噌煮にして、大鉢に丸ごと盛り付けた豪快さ! 枕崎では古くからおもてなしの料理とされ、来客時や祝いの席で分け合いながら食べられてきたそうだ。身がしっとりとやわらかく煮てあり、特に目の周りはプルンとした食感で美味である。

井上「枕崎には小中学校の新任の先生をビンタ料理でもてなして、転任するときはシッポ料理で送り出すという風習があります。現在、シッポ料理での送り出しはなくなったようですが、ビンタ料理での歓迎は続いていますよ」


新任の教職員は「背皮かぶい」と呼ばれるかつおの皮で作られた被り物を頭に載せ、住民や保護者らの指南のもと、ビンタ料理を食すそうだ。そのインパクトのある光景は、きっと枕崎でしか見ることができないだろう。「一福」でもまた、枕崎市民の熱いかつお愛を改めて実感することとなった。
知れば知るほど気になる…
かつお節は不思議だらけ!
パンパンに膨れたお腹を抱え、次は枕崎漁港にある観光物産館「枕崎お魚センター」へと向かう。食堂でかつお料理を食べられるほか、生のかつおやかつお節、かつおの加工品を販売する物産コーナーもある楽しい施設だ。




調理員の森和洋(もり かずひろ)さんは「枕崎市を中心に5団体が共同出資する第3セクターとして1993年に開館しました。今年で33周年を迎えます」と教えてくれる。

森「私たちが目指しているのは『かつおと、かつおに関するものを普及する』こと。特に、センター内にある食堂『枕崎みなと食堂』では『枕崎鰹船人めし』が人気で、だしの飲み放題と、削りたてのかつお節の食べ放題も好評です」



森さんは明るいキャラクターから“おにぎり君”の愛称でテレビ出演も果たす人気者だが、かつおの話になるとさらに笑顔が弾ける。
森「売店ではかつおを使った惣菜を販売していて、地元の方が買いに来てくださいます。煮物や竜田揚げといったベーシックなかつお料理のほか、かつおのメンチカツバーガーやエスニック風から揚げなど攻めた惣菜を並べることもあります。かつおはどう調理してもおいしいですからね!」

森さんの案内で売店を眺めていると、本枯節のほか、「なまり節」や「新さつま節」といった見慣れないかつお節が並んでいる。「新さつま節はかつおの生ハムのようなものですね。かつお節は奥が深いですよ~!」と森さんは誇らしげだ。

どうやら私たちはかつお節についてまだまだ知らないことが多そうだ。本枯節の硬さや製造方法だけでなく、かつお節の背景にある歴史や伝統も気になってきた。これから枕崎をじっくりと旅して、かつお節の不思議を深掘りしてみよう。
