九州の食探求メディアKyushu Food Discovery Media

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「九州の食ふしぎ探検記」

九州の食にまつわる驚きや発見を深掘り

特集テーマ

港町・枕崎で作る世界一硬い食べ物本枯節の謎に迫る!

EPISODE 2


歴史と世界から、かつお節の謎を紐解く!

かつお節の起源はどこに?
その歩みと進化を辿る

かつお節と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、お好み焼きやたこ焼きの上でゆらゆらと揺れていたり、和食の調理で沸騰した湯にバサっと投入されたりしているアレではないだろうか。だが、アレは正確にはかつお節を削った「かつお削り節(あるいはかつお枯節削り節)」。かつお節は、節のままのものを指す。

かつおは、生または冷凍の状態からいくつもの製造工程を経てかつお節となる。その製造工程とは、以下の通りだ。

①生切り カツオを4本の身に切り分ける。
②籠立て 煮籠にカツオの身(節)を並べる。
③煮熟(しゃじゅく) 煮籠に入れた節を60~90分間煮る。
④骨抜き 煮た節の骨や皮下脂肪などを取り除く。
⑤修繕 カツオのすり身を使い、節をきれいに成形する。
⑥焙乾(ばいかん) 堅木の薪を燃やし、燻しながら節を乾燥させる。
⑦削り 節の表面に付着したタールと脂肪を削り除く。
⑧カビ付け 節にカビを付ける。
⑨日乾 カビ付けした節を天日に干す。

これらの工程をどこまで進めるかによって完成したかつお節が「なまり節」「裸節(はだかぶし)」「新さつま節」「荒節(あらぶし)」「枯節(荒仕上げ節)」「本枯節(仕上げ節)」の6種類に分けられる。(※製造工程については、次回工場潜入リポートで詳しく紹介)

では、こういった製法は、いつ、どこで、どのようにして生まれたのだろうか。枕崎水産加工業協同組合の森暁生(もり あきお)さんは「日本でのかつお節の起源ははっきりとしていません」と言う。

日本の歴史を見てみると、「古事記」(712年)にかつおを指すと考えられる「堅魚(かたうお)」という文字が記されている。さらに 「大宝律令」(701年)や「養老律令」(718年)、「延喜式」(927年)からは、かつおを生の状態から天日で乾燥させた「堅魚」、煮てから乾燥させた「煮堅魚」、かつおの煮汁を煮詰めた調味料「堅魚色利(いろり) 」が当時の献上品だったことが読み取れる。

森さんによると、「かつをぶし(かつおぶし)」の名称が初めて出現する資料は1513年の「種子島家譜」。「鹿児島周辺では当時、漁師が釣り上げたかつおをさばいて、あるいは丸のまま天日で干す“かつお節の原型”と考えられる加工が行われていたと推察されます」

森さんはさらに、「現在の裸節や本枯れ節と同じようなものが作られるようになったのは、17世紀の終わり頃といわれています」と教えてくれる。

まず、紀州印南浦(きしゅういなみうら、現在の和歌山県伊南町)の漁師・角屋甚太郎が、煮たかつおを煙で燻して乾燥させる焙乾法を考案。紀州藩はこれを『熊野節』として江戸や大坂の市場で売り出したところ、だしの原料として大人気となった。次に、息子で二代目の角屋甚太郎が、焙乾したものにカビを付けることで硬く乾燥させる製法を編み出し、品質がさらに向上。土佐(現在の高知県)や伊豆(現在の静岡県)、房州(現在の千葉県)などに伝播したとされる。

歴史の積み重ねの先で
母子が伝えた枕崎のかつお節

枕崎にかつお節の製法が伝わったのは1707年。薩摩藩から招かれた紀州(現在の和歌山県)のかつお節職人・森弥兵衛によって持ち込まれ、『薩摩節』と呼ばれることとなる。「隣村の坊津(ぼうのつ)港で「唐物崩れの変(密貿易の取り締まり)」が起きたことをきっかけに、大量の大型船が枕崎港へと逃亡。枕崎周辺で漁を行うようになり、枕崎港のかつおの水揚げ量が増え、かつお節の生産量も大きく増加しました」と森さん。

森「こうして生産されたかつお節は幕府への奉納品として献上され、薩摩藩にとって重要な収入源だったようです」

そんな中、1895年に沖縄の離島・黒島付近を通過した台風により「黒島流れ」と呼ばれる海難事故が発生。黒島近海で操業中のかつお漁船が多数沈没し、枕崎のかつお漁船だけでも411名が犠牲となった。この災害によってかつお漁業に従事していた人々の家族は生計を失い、かつお節を売り歩く「かつお節バラ売り行商」に母子で出ることになる。枕崎の駅や港にはその様子を今に伝える彫刻作品やブロンズ像が設置されている。

森「1911年の記録では枕崎には421名の行商人がいて、その大半が女性だったそうです。悲しみの中で奮起した母子たちが、県内はもとより、鉄道を利用して宮崎や熊本まで売り歩いたことで、枕崎のかつお節は各地へ広まったといわれています」

その後、枕崎の外科医であり、実業家でもあった原耕氏が大型船を建造し、沖縄近海、台湾近海、フィリピン近海の漁場を開拓していったことで枕崎のかつお漁業が発展し、戦前にかけて枕崎でのかつお節の製造は全盛期を迎える。今や日本一の生産量を誇る枕崎のかつお節の基礎は、この頃に築かれたと言えるだろう。

かつお節に託す日本人の望み
雑節からも紐解く

森さんの話はさらに続く。「中世ではかつお節が縁起物としてもてはやされていたようです。鎌倉時代には“勝つ魚(かつお)”として、戦国時代には“勝男武士(かつおぶし)”の語呂から戦勝の引き出物にされていました。また、かつお節が背中側の“雄節”と腹側の“雌節”を合わせて一対となることから、江戸時代には結納や結婚の引き出物にされてきました。かつお節を引き出物とする風習は、現在の枕崎でも残っています」。

かつお節は単なる食材ではなく、日本人の望みや祈りなど、精神性を映す存在でもあったのだ。

ところで、“節”にはかつお以外のものもあることはあまり知られていない。日本にはイワシやサバなど、かつお以外の魚を原料にした「雑節」があり、全国の生産量の5割が熊本県天草市の牛深地域で生産されている。

牛深で雑節の製造を行う「江良水産」の代表取締役・江良浩(えら ひろし)さんは、「地元でも雑節を知らない人は多い」と話す。

江良「雑節は主に料亭のだしや、業務用の調味原料として使われています。雑節で取っただしは外食産業などを通して広く食されていますが、雑節そのものは一般に流通していない。だから、あまり知られていないのかもしれません」

「江良水産」の雑節は、地元の漁協で仕入れた新鮮なイワシやサバを牛深の海水で煮て、低温で乾燥させてから、煙で燻して乾燥させて作る。「牛深でも江戸時代にはかつお節を作っていたようです」と江良さん。「しかし、近海でかつおが獲れなくなり、かつお節の技術を使って前浜で獲れるサバやイワシで雑節を作るようになったとされています」

現在の製造工程もかつお節の荒節とほとんど同じだが、繊細な香りと旨みが持ち味のかつお節とは異なり、雑節から取れるだしは深いコクがあり、濃厚で力強く、印象的な旨みがある。雑節を数種類組み合わせれば、味わいはさらに複雑になる。

だが、雑節はかつお節のように縁起物として扱われることはない。やはりかつお節は日本人にとって、どこか特別な存在のようだ。

スリランカ料理に欠かせない
モルディブ産のかつお節とは!?

そういえば、「モルディブにもかつお節のようなものがある」と聞いたことがある。私たちはその詳細を確かめるべく、佐賀県富士町にあるスパイスカリーの店「旅するクーネル」へと向かった。

店主の井上よしおさんは、これまでに40カ国以上を巡った旅人でもある。井上さんは「あぁ~それはモルディブフィッシュのことですね~」とニッカリと笑って教えてくれた。

井上「インド洋にあるモルディブ諸島で主に作られていて、スリランカにも輸出されています。僕はモルディブ諸島には行ったことがないけれど、スリランカでモルディブフィッシュを使ったいろ~んな料理を食べましたよ!」

モルディブフィッシュは、スリランカではヒキマスと呼ばれていて、ヒキは「乾燥」、マスは「魚」を意味する。原料はかつお、もしくはマグロのようだ。これらの身を煮て、燻して、天日に干し、数週間かけてカチカチになるまで乾燥させて作る。カビは付けないので、かつお節でいうと荒節のようなものだ。

井上さんは「モルディブでは、かつおを煮た際に出る大量の煮汁を、ペースト状になるまで煮詰めて、ご飯にのせて食べたり、調味料に使ったりしているみたいですよ。そういう無駄を出さない工夫が僕は好きだな~」と、旅を恋しんでいるのか、遠い目をしている。

井上さんいわく、スリランカの家庭ではモルディブフィッシュは欠かせない食材で、カリーや副菜に日常的に使っているという。ココナッツや唐辛子と混ぜ合わせた「ポル・サンボーラ」、たまねぎをベースにスパイスと佃煮のように煮た「シーニ・サンボーラ」、たまねぎとペースト状にした「ルヌ・ミリス」など、料理名を挙げればキリがないほど。

スリランカで出回っているのはフレーク状に砕いたもので、具と調味料の二役を担う。

井上「日本みたいに薄く削ったり、だし汁だけを使ったりということはなさそうでしたよ~。料理にそのまま入れて、出汁を取りつつ、食材としても食べてしまう…って感じです! モルディブフィッシュは日本では手に入りにくいから、日本のスリランカ料理店ではモルディブフィッシュの代わりにかつお節を使っていると思いますよ。私もそうしています」

かつお節が思わぬところでも活躍していることを知り、なんだか嬉しくなってきた。もっと詳しく知るために、次はかつお節の製造現場に潜入してみよう。


参考文献
宮下章「鰹節」2000,法政大学出版局
枕崎カツオマイスター検定委員会「カツオ学入門」2011,筑波書房
藤林泰・宮内泰介「カツオとかつお節の同時代史」2004,コモンズ
宮内泰介・藤林泰「かつお節と日本人」2013,岩波新書
鹿児島県立短期大学チームカツオづくし「カツオ今昔物語 地域おこしから文学まで」2015,筑波書房