九州の食探求メディアKyushu Food Discovery Media

九州の食探求メディアKyushu Food Discovery Media

SPECIAL CONTENTS

「九州の食ふしぎ探検記」

九州の食にまつわる驚きや発見を深掘り

特集テーマ

港町・枕崎で作る世界一硬い食べ物本枯節の謎に迫る!

EPISODE 3


世界一硬い食べ物=本枯節は本当なのか?

かつおのまちを支える水揚げ基地
かつお節作りはここから始まる

かつお節の一大産地である枕崎市は、かつおの水揚げ量も全国トップクラスの“かつおのまち”であることは、EPISODE1で触れた通り。鹿児島県漁業協同組合の加藤成利(かとう なりとし)さんによると、2025年度は枕崎漁港で約4万4000tのかつおが水揚げされたという。

日本では少なくとも300~400年前には一本釣りによるかつお漁が行われていたといわれる。枕崎では江戸時代初期から明治時代後半まで、小さな帆船「七反帆(しちたんぽ)」で活きたキビナゴを餌に一本釣りをしていた。漁港の近くには、当時の様子を伝えるモニュメント「漁師の群像」が設置されている。

明治時代までは漁師が自らかつお節の加工まで携わっており、明治時代中期には船に乗せた釜でかつおを煮る「沖イデ」や、屋久島や口永良部島など漁場の近くの島に建てた小屋でかつお節を作る「島イデ」が行われていた。しかし、作り手による品質の差や原料となるかつおの鮮度保持が課題となっており、これを打開すべく1920年にはかつお漁船の大型化、1921年に枕崎に製氷工場建設と、かつお漁を取り巻く環境が大きく変化。続いて、漁師と加工業者がそれぞれの仕事に専念できるようにと1925年には鹿児島県の指導のもとで“漁製分離”の分業制に移行したことで、かつお節の品質が全体的に向上し、製造・出荷量も大きく増えた。

現在も枕崎では一本釣り漁業が盛んで、刺し身やたたきなどの生食用とされることが多い。だが一本釣りのかつおは漁獲量が少なく、価格が高い。そのため、かつお節の原料として主に使われているのは、赤道付近から北部・南部太平洋にかけての公海域で操業する海外まき網漁業で漁獲されたかつおだ。

かつお節用のかつおの主な漁場は、ミクロネシア連邦やパラオ共和国、パプアニューギニア諸島周辺など、赤道付近から北部・南部太平洋にかけての公海域。漁獲されたかつおは、直後にマイナス30~40度で凍結・保管され、鮮度を保ったまま枕崎漁港へと運ばれる。水揚げ後は競りにかけられ、かつお節製造業者の手に渡り、製造現場へと届く。そして、かつお節作りが始まるのだ。

3代に渡って受け継がれる
熟練の職人技で作る本枯節

では、かつおはどのような工程を経てかつお節となるのだろうか。私たちは枕崎市で3代続くかつお節製造会社・カネタマルを訪ねた。 かつおは、いくつもの製造工程を経てかつお節となり、工程をどこまで進めるかによって完成したかつお節の名称が変わる。かつお節の名称は6種類あり、「なまり節」「裸節(はだかぶし)」「新さつま節」「荒節(あらぶし)」「枯節(荒仕上げ節)」「本枯節(仕上げ節)」。最も手間がかかる本枯節は、職人の高齢化や長い製造期間の負担などで製造業者が全国的に減少しており、枕崎市でも同様だ。枕崎水産加工業協同組合に所属する節類製造業者42軒のうち、本枯節を作っているのは10軒ほど。カネタマルは、その10軒のうちの1軒である。

代表取締役の松田章三(まつだ しょうぞう)さんは「本枯節を絶やしてはいけないとの思いで続けています」と話す。妻の美智子(みちこ)さんは枕崎市が主催する検定「枕崎カツオマイスター」の資格保有者。イベントでのかつお節削り体験などを通して、本枯節の認知度向上や普及活動にも力を入れている。

ピチャピチャと水の音が響く工場内では、松田さんが私たちに説明するために、かつおや包丁などの道具を用意してくれていた。かつお節の種類にもよるが、枕崎でのかつお節の製造工程は10以上に分かれている。今回は、最も工程数が多い本枯節の作り方を教えてもらう。「脂が乗ったかつおで作ったかつお節は、その脂分でだしが濁ります。かつおだしは透明感のあるものが良しとされるので、脂が乗っていないかつおを目利きするところから良質なかつお節作りは始まります」。

競りで落としたかつおは冷凍の状態で工場に運ばれ、ひと晩かけて流水で解凍し、「生切り」と呼ばれる解体作業に入る。現在はかつおを丸ごと煮てから解体する方法が主流だが、カネタマルでは解凍した生のかつおを包丁でおろす。「生の状態での解体の一番の特徴は、できあがりのかつお節の形の美しさ。今は節を買って自分で削る人が減り、あらかじめ削られた“かつお削り節”の需要が増えました。かつお削り節は、できあがりの節の形は重要視されないため、煮てから解体する工場も増えています」と松田さんは言う。

生切りでは、合断(あいだち)包丁、身おろし包丁、頭切り包丁の3種類の包丁を使い分けて、かつおを節におろしていく。「これは5kgくらいの個体」というかつおをおろすのはかなり力が要りそうだが、松田さんの包丁さばきは驚くほど軽やかだ。この道40年の松田さんの手にかかれば、1尾をおろすのに1分もかからない。頭を落とし、内臓を取り出し、身を三枚におろし、血合いを境に背中側と腹側に“合断ち”する。背中側は“雄節”、腹側は“雌節”と呼ばれ 、1尾のかつおから“雄節”と“雌節”が2本ずつ取れる。

いずれの作業も熟練の職人技が必要とされるが、最も難易度が高いのが合断ち。煮る前の状態のかつおは身が崩れやすいため、腕力に頼らずテコの原理を使いながら刃を入れる必要がある。美智子さんが「訓練しても2~3年ではとても習得できないほどの難しさ」と、夫である松田さんを誇らしげに見つめながらそっと教えてくれる。

煙とカビが育てる香りと旨み
重ねた手間が本枯節を作る

生切りが終わったら、次は「籠(かご)立て」と呼ばれる工程へ移る。籠立ては、節を金属製のカゴに並べるというシンプルな作業だが、実はできあがりの節の形の良し悪しを左右する重要ポイントだと松田さんは言う。「加熱で身が曲がることを想定して、できあがりの形をイメージながら皮を少しそらすようにして整え、並べていきます」。

並べ終わったら95度の湯にカゴごと沈め、節をゆでる。この工程は「煮熟(しゃじゅく)」といって、かつおのたんぱく質を熱で固めることで、旨みを身に閉じ込めることができるという。煮る時間は節のサイズや脂の乗り具合、季節や天気で変わるが、この日は約2時間かけていた。

煮た後は「骨抜き」と「修繕」を行う。「骨抜き」は、ピンセットなどを使って節から骨を1本ずつ抜き取る作業。骨は割れの原因となる。同時に、表面の皮や皮下脂肪も取り除く。この状態のものが「なまり節」と呼ばれる。「修繕」では、かつおのすり身を節の割れ目や傷に塗り込み、形を整える。見た目を良くするだけでなく、余分な空気や雑菌の侵入を防いで品質を安定させる意味もある。カネタマルで使うすり身は、季節ごとに生のかつおとゆでたかつおの配合を変えながら混ぜ合わせ、擂潰機(らいかいき)ですり潰して自作している。

次は「焙乾(ばいかん)」。薪で焚いた火で燻すことで節の水分を抜いていく。薪の煙には香り付けだけでなく、酸化を抑える作用もある。1日に4~5回薪を焚き、夜は余熱で乾燥させる。これを2~3週間繰り返すので、樹種はゆっくりと燃えて長持ちするナラやクヌギ、カシなどの広葉樹が望ましい。この状態のものを「荒節」、荒節の表面を削ったものを「裸節」と呼ぶ。「新さつま節」は焙乾の途中で取り出したもので、荒節よりもやわらかいのが特徴だ。

焙乾を繰り返すと、節の表面は煙に含まれるタールをまとってどんどん黒っぽくなる。タールで黒光りする焙乾室の壁は、約80年にわたって焙乾が繰り返されてきた証。先代も、先先代も、松田さんと同じようにこの部屋で節を燻してきたのだと想像すると、歴史の重みを感じられて胸にぐっとくる。

焙乾が終わったら、いよいよ「カビ付け」と「日乾(にっかん)」が始まる。カビを付けやすくするため、まずは焙乾後の節の表面を削り、タールとにじみ出た脂肪を落とす。カビ菌は、噴霧器で節に付着させ、温度と湿度を一定に保った部屋に3週間置いて繁殖させる。表面に青緑色の一番カビが生えたら、天日に干し(日乾)、再びカビを付ける。カネタマルではこの作業を2回繰り返す。一番カビが生えた節はプンと鼻を刺激する青っぽいにおいがするが、完成した本枯節からはよく知っている“かつお節のにおい”がするから不思議だ。

松田さんによると、カビ付けと日乾を繰り返すうちに節の水分が均一に除去され、発酵により脂肪が分解されることで特有の“かつお節のにおい”が生まれるらしい。ここまでのすべての工程を経たものが、かつお節の最高峰「本枯節」である。

“世界一硬い食べ物”は本当か?
本枯節の硬さを検証してみる!

原料であるかつおの水分量は工程を経るごとに減っていき、本枯節になると水分量は約16%まで減少する。重量で考えると生の状態の1/6だ。「水分が少ないため、落とすと簡単に割れてしまう」と松田さんは言う。試しに1本割ってもらうと、断面はザクロの実に似た透明感のある深い赤色。光を受けると宝石のような光沢を放つ。

一方で、本枯節は世界で一番硬い食べ物といわれている。松田さんも「世界で一番硬い食べ物ですよ」と胸を張る。だが、それは本当だろうか? そこで、バッグに潜ませていた硬度計を取り出すと、松田さんの目がキラリと光った。私たちの疑いに対して、受けて立ってやるという表情だ。

今回私たちが用意したのは「モース硬度計」というもので、硬度1から10の10種類の鉱物で対象物を引っかいて、どの鉱物で対象物に傷が入ったかで硬度を判定する。鉱物は硬度の小さいものから順に滑石(かっせき)、石膏(せっこう)、方解石(ほうかいせき)、蛍石(ほたるいし)、燐灰石(りんかいせき)、長石(ちょうせき)、石英(せきえい)、トパーズ、コランダム、ダイヤモンド。少なくとも滑石で傷がつかなければ、その時点で本枯節は鉱物よりも硬い食べ物、つまり世界一硬い食べ物ということになる。

松田さんは「水分が抜けて硬く締まったものを」と本枯節を吟味し、自ら腕をまくって検証を始めた。滑石、石膏、方解石…と硬度を上げて本枯節を引っかいても、本枯節はビクともしない。あまりに変化がないので検証方法が正しいのか一同で不安になり始めた頃、モース硬度9のコランダムを握った松田さんから「おっ?」と声が上がった。引っかいている手に、これまでとは違う感触があったという。ところが、肝心の本枯節を凝視してみても、傷が付いているような、付いていないような…。

念のため、最高硬度であるモース硬度10のダイヤモンドを引っかいてみると、本枯節からはらはらと粉末が落ち始めた。そこで、本枯節のモース硬度は9と10の中間に該当すると、私たちは判定することにした。

となると、あくまで今回の簡易的な検証ではあるが、本枯節の硬さはダイヤモンドに次ぐ硬度の鉱物・コランダムに近いということになる。それが世界一硬い食べ物といえるかは分からないが、モース硬度9の鉱物に近い硬さの食べ物はそうそうほかにはないだろう。美智子さんは無言でウンウンと頷き、松田さんも満面の笑み。その手で打ち合わせた本枯節からは、検証結果を祝うようにカンッカーン!と高らかな音が響いた。

ところで、かつおの解体で出る頭や内臓、骨といった不要物は、廃棄されずに有効利用されるという。次回は、かつお節の持続可能なものづくりの実情を調査してみよう。

参考文献
宮下章「鰹節」2000,法政大学出版局
蟹江松雄、藤本滋生、水本弘二「鹿児島の伝統製法食品」2001,春苑堂出版
枕崎カツオマイスター検定委員会「カツオ学入門」2011,筑波書房
藤林泰・宮内泰介「カツオとかつお節の同時代史」2004,コモンズ
宮内泰介・藤林泰「かつお節と日本人」2013,岩波新書