EPISODE 5
鹿児島の食文化と郷土料理からかつお節を見る
鹿児島の食の案内人を訪ねて
霧島の山の中のアトリエへ
夏真っ盛りのある日、私たちは霧島市の山の中にいた。EPISODE4で鹿児島の郷土菓子「あくまき」について教えてくれた千葉しのぶさんの食のアトリエを訪ねたのだ。

木立を抜ける風に乗って、アトリエからかつおだしの香りが漂ってくる。ガラス窓から見える千葉さんは、会の仲間である谷口香織(たにぐち かおり)さん、内園陽子(うちぞの ようこ)さんとともに忙しそうに手を動かしていた。千葉さんが、私たちのリクエストをもとにかつお節を使った料理を用意してくれているのだ。千葉さんは私たちの姿に気付くと、「暑い中ようこそいらっしゃいました」と駆け足で出迎えてくれた。

千葉さんは、鹿児島の食を知るためには欠かせないキーパーソンだ。2004年に「霧島食育研究会」を設立し、地元の高齢者を訪ね歩いて郷土料理やお菓子の作り方とその背景を調べ続けてきた。そして、自分の足で歩き、自分の目で見て広げた知見を次世代に継承する活動を行っている。そんな千葉さんに、鹿児島の食文化とかつお節の関係について教えてもらおうというのが今回の趣旨である。
鹿児島の人たちにとって
かつお節は単なる食材ではない
「まずはかつお節を使った鹿児島の郷土料理を食べてみてください」と千葉さんが差し出すご飯茶碗は、甘い香りがする。香りの正体は「かつお味噌」。かつお削り節に麦味噌や砂糖を加え、油で甘辛く炒め合わせてある。千葉さんは「“おかず味噌”と呼ばれるご飯のお供の一種です。鹿児島の人は甘い味付けが好きなんですよ」と教えてくれる。

次に運ばれてきたトレーには、湯呑み、かつお削り節、急須、麦味噌、小口切りにした小ねぎ、そしておろししょうがが並ぶ。「これは『茶節(ちゃぶし)』の材料です。茶節は、体が疲れた時の滋養食で、今でいう“インスタント味噌汁”のようなものです。指宿市や枕崎市を中心とした薩摩半島南部に伝わる食で、1895年の黒島流れ(かつお漁船の海難事故、EPISODE2参照)で生計を失った女性たちが、行商で訪ねた県内各地の農家に作り方を広めたとされています」。

急須の中には熱い緑茶が入っており、その他の材料をすべて湯呑みに入れてから緑茶を注ぐ。そして、箸で麦味噌を溶かして飲む。削り節はだしであり、具でもある。ひと口飲むと、かつお節の旨みと味噌の塩気が体に染み渡るのを感じる。緑茶を使うからか、後味はすっきりしている。


「かつお節の一般的な使い方は、だしに使う、食材にかける・和える、食材に混ぜて調理する、といったところです。茶節は、だしを取りつつ、具にもすることで、余すことなく大切に食べる。かつお節の産地である鹿児島らしい料理といえるでしょう」。

「産地らしい料理といえば、『ひっかけそうめん』もあります」。千葉さんが枕崎市のかつお節工場、通称“いでごや”に生まれた女性から教えてもらったという。千葉さんによる聞き書きのエピソードはこうだ。
- 私が幼い頃、両親はいでごやを営んでいました。赤ちゃんだった私が泣き出すと、父が私を背負ってかつおをさばいていたそうです。工場独特の匂いの中で育ち、この匂いが好きでした。
小学2年生の時、父が不慮の事故で亡くなりました。その後、母はいでごやを閉め、働きに出るようになりました。暮らしはどんどん苦しくなり、子ども服を買えない私は母の服を着て学校に通うほどでした。
私は学校から帰ると、鍋を持って近隣のいでごやに行き、かつおの中骨をもらってきます。母は仕事を終えて帰ると、その中骨に水を加えてだしをとり、豆腐や野菜、そうめんを加えた料理を作りました。これはいでごやの「まかない食」で、中骨でそうめんをひっかけるので、“ひっかけ”そうめんと呼ばれます。箸を使わず、手で中骨を持ってそうめんや野菜を食べ、中骨に付いている魚肉も食べ、さらに骨をポキッと折って中の髄まですするのです。
今でもひっかけそうめんを作る度、優しかった父と、私と妹を育て上げて長生きしてくれた母のことを思い出します。-
鹿児島の人にとって、かつお節は単なる食材ではなく、記憶や暮らしと深く結びついていることが伝わってくる。
かつお節の使い方は変わっても
鹿児島の暮らしに定着している
千葉さんは「郷土料理以外でも、鹿児島の家庭料理にはかつお節が使われているものが多いですよ」と言う。例えば、「さばと豆もやしの味噌煮」。大豆もやしとサバなどの青魚をかつおだしで煮て、麦味噌で味を調えたもの。「おでん」にも、かつおだしを使う。


「かつお節に関する暮らしの実態を調査するため、2025年に地元の大学1年生40名にアンケートを取ったことがあります」と千葉さん。アンケートによると、実家に節(丸ごと一本の状態のかつお節)があると答えた学生は8%。節を自分で削ったことがあると答えたのは6%だった。しかし、70%は小さなパックに入ったかつお削り節があると答えている。「昔は節の状態で買って、家で削るのが普通でした。現代では使い方に変化が見られるものの、かつお節は鹿児島の暮らしに定着している食材だと分かります」。

「また、2014年に鹿児島県内5市町村(鹿児島市、薩摩川内市、霧島市、鹿屋市、大島郡伊仙町)の計225名を対象に「鹿児島のだしのアンケート調査」を行い、普段の料理で使用する天然だしの種類を尋ねました。すると、1位はかつお節でした。家計調査により作成された、だし材料の1世帯あたりの品目別年間支出額グラフでも、鹿児島市の1位はかつお節です。これらのデータから、鹿児島の人にとってかつお節は嗜好性の高い食品であると言えます」。
鹿児島の“あったらしか精神”は
エコで、おいしく、健康にもいい
今回、千葉さんはかつお節のだしがらを使った料理も用意してくれていた。定番は「ふりかけ」と「佃煮」で、いずれも砂糖、しょうゆ、みりんで甘辛く味付けした鹿児島の家庭の常備菜だ。

EPISODE4で私たちは枕崎市を訪ね、かつお節を作るときに残ってしまう、かつおの頭や内臓、骨、そして灰までも無駄にすることなく、加工食品や資源として有効活用する取り組みを見せてもらった。鹿児島の方言では「もったいない」を「あったらしか」と表現するらしいが、この鹿児島の“あったらしか精神”は、家庭の台所にも息づいているのだ。


さらに、新たな楽しみ方として「炊き込みご飯」「ポテトサラダ」「卵焼き」「ハンバーグ」を紹介してくれた。どれも、普段の食材と調理工程にだしがらを足すだけで作れて、かつお節の栄養を料理にプラスできる。見た目はいつもの料理とさほど変わらないが、食べるとかつお節の香りと旨みを感じる。




「かつお節は高たんぱく質で、体内で作ることのできない必須アミノ酸9種類をすべて含みます」と千葉さん。「さらに、動脈硬化の予防に役立つといわれるDHAとEPA、肝機能の向上やコレステロール値の低下に作用するとされるタウリン、免疫力向上や新陳代謝を促進するイノシン酸なども豊富に含みます。水溶性の栄養成分はだし汁に移行しますが、だしがらに残る成分もあるので、栄養学の観点からもだしがらまで使い切りたいですね」。鹿児島の“あったらしか精神”はいいことずくめだ。


それにしても、かつお節の旨みはどうしてこんなにも私たちを魅了するのだろうか。次回は、千葉さんとともに、その不思議に迫る実験を行う。
参考文献
山﨑歌織・千葉しのぶ・宮内朝世・住澤知之「鹿児島県の家庭料理(郷土料理)に使用される“だし”に関する研究―だしの地域性について―」『南九州地域科学研究所所報』第33号,83~96頁, 2017, 鹿児島女子短期大学

